闇と光 第168話 ゴブ布の咆哮

少数精鋭となった皇帝軍がハイロリ達へと迫る。一糸乱れぬ同時攻撃。反乱軍の兵力は減っていく。しかし皇帝軍の将兵達のダメージも大きい。繰り返す攻撃の中、ゴブ布により着実にダメージは刻まれている。深紅の薔薇の攻撃を避けた後では皇帝軍の将兵といえども被弾するしかない。

 


だが転移式車懸かりの陣が突破されるのはもはや時間の問題となっていた。最初からハイロリは皇帝軍がこの陣の欠点を見抜き、突破されるということは理解している。ともに闘い抜いてきた仲間達。彼らの実力はすべて把握済み。自身が討たれるということは計算尽くのことであった。

 


自身は討たれることになるが、皇帝軍の将兵達はそれぞれ浅くないダメージを負う。それだけ今のゴブ布を止めることは難しい。この戦術が打ち破られた後は無傷のゴブ布がいればきっとこの戦に勝てる。オレなどいなくても・・・ゴブ布の思いとこの戦を見た民達がいればきっと開星に近づくはずだ。

 


しかし計算外のこともある。皇帝ゴブ羽が無傷であること・・・皇帝となりさらに力が上がってしまったようだ。あいつだけはゴブ布の攻撃をなんとか受け無傷を貫いている。

 


これには理由があった。ゴブ信の言葉を聞いた皇帝軍。ゴブ布に勝てる可能性があるとしたらゴブ羽ただ1人。軍議の中で皇帝にダメージが入らないように他の将兵がカバーするということが事前に取り決められていた。しかしその分他の将兵のダメージはハイロリの予測よりも大きい。

 


ここで皇帝軍が動く。ゴブ信のマナが高まったことがトリガーとなる。深紅の薔薇で闘っている者達も残り僅か・・・ハイロリの首を取ろうとゴブ良、ゴブ策、ゴブ瑜、隊長達のマナも増幅する。

 


ゴブ信渾身の黑翠波が放たれる。ゴブ布の八星剣の一撃により水龍ごと斬り裂かれ、その斬撃はゴブ信の元へと届く。ゴブ信は星の大地へと沈む。

 


ゴブ策とゴブ瑜が防御を捨て、高速の連撃が深紅の薔薇へ放つ。彼女達はすべて吹き飛ばされてしまう・・・が2人もまたゴブ厳らの攻撃により星の大地に沈むこととなる。

 


ハイロリを守るものは存在しない。そこへゴブ良の真空波の連続攻撃が襲う。ゴブ布が急いでゴブ良の体を吹き飛ばした。この攻撃によりゴブ良もまた星の大地に沈む。

 


ハイロリに襲いかかる真空波。ハイロリゲンガーを使い避ける・・・しかしハイロリの本体が現れた位置へと真空波が迫っていた。師と弟子であるからこそ逃げる先が予測されてしまったのかもしれない。もはや避ける術は残されていなかった。

 


真空波はハイロリの体に当たることはなかった・・・ハイロリは突き飛ばされていたのだ。真空波に貫かれたのは美貴・・・ハイロリを庇うため転移してきていた。笑顔を見せたまま美貴の体は光となって消えていく。

 


そこへ非情なる一撃が迫っていた。ゴブ羽のゴブリンクラッシャーである。美貴を目の前で失ったハイロリはすぐに動き出すことができなかった。眼前に斧槍が迫ってきていてもハイロリは呆然としている。

 


激しい音が五丈原に響き渡る。斧槍から紅き血が滴り落ちていた。

 


「・・・なにやってんだお前っ!?」

 


ハイロリから怒号ともいえるような声が上がる。ゴブ羽の強力な一撃をゴブ布が受け止めていた。一歩も動くことなく、その身ですべての衝撃を受け止めている・・・しかし斧槍までは防げなかったようだ。ゴブ布によって吹き飛ばされるゴブ羽・・・ゴブ布は斧槍が突き刺さったまま仁王立ちしている。

 


「お前が残ってればこの戦はきっと勝てたはずだっ!!たとえオレがいなくとも開星への道が拓けただろうっ!?何をしているのかわかっているのかっ!?」

 


「・・・ハイロリよ。お前でなくてはならないのだ。ゴブ羽の心を動かせるのは我ではない・・・師であるお前だけなのだ。美貴も含め我ら全員で話し合った結果だ。

 


たとえ開星したといえども・・・民達全員が賛同したとしても・・・それは真の意味での開星ではない。妖精の星の開星を進める強きリーダーが必要なのだ。それは我ではない・・・我には王としての器はない・・・お前の選んだ王・・・ゴブ羽がそれをなさねばならぬのだっ!!」

 


「避けろっ!!ゴブ布っ!!」

 


ゴブ羽の追撃がハイロリ達に迫っていた。しかしそこへゴブ厳が転移してくる。

 


「ゴブ布様の夢の邪魔はさせませんわ・・・ゴフッ・・・」

 


ゴブ厳がゴブ布らを庇ったのだ。

 


「聞けぃっ!!星の民達よっ!!彼女達は我と同じ夢を見ているっ!!そのために我が妻達は我のために命を懸けてくれているっ!!」

 


ゴブ羽の追撃を深紅の薔薇が転移をして肉壁となり防いでいる。

 


「どけよお前らっ!!これ以上無駄な命を使うなっ!!オレは同族であるお前らを守りたいんだ・・・頼むからどいてくれ・・・」

 


ゴブ羽の攻撃の手が緩む。ハイロリを狙っていた攻撃なのにすべて同族により防がれてしまう。ゴブ羽は迷いながらも深紅の薔薇の命をひとりまたひとりと奪ってゆく。

 


「ゴハハハッ!!ゴブ羽よっ!!これこそ至上の愛・・・我と同じ夢を見た妻達であるぞっ!?ハイロリの命が欲しければすべて貫いて参れっ!!

 


我はこの赤き体により虐げられてきたっ!!常にひとりであったっ!!我は愛を知らなかったっ!!そんな我に初めて愛を教えてくれた者がここにいる人族ハイロリであるっ!!

 


ハイロリは命懸けで我を救ってくれたっ!!命を助けてくれたっ!!愛を知らぬ我に初めての愛をくれたっ!!愛とはとても温かいものであったっ!!我は満たされていくことを感じたっ!!

 


我は見たい・・・他種族と笑い合うその姿をっ!!ひとりだった我を救ったのは同族ではないっ!!他種族なのだっ!!妖精族も人族もなんら変わりないっ!!同じ命なのだっ!!我は他種族と妖精族が手を取り合う姿が見たいっ!!

 


民達よ・・・我が命・・・この夢にかけるっ!!人族ハイロリへとこの夢を託すっ!!この星下無双のゴブ布の命に免じて人族ハイロリの闘いを見守ってもらいたいっ!!

 


この漢もまた我と同じ夢を見ている・・・他種族であっても我と同じ夢を見ることができるのだっ!!人族であっても分かり合えるのだっ!!我らは互いに友と呼び合う仲であるっ!!

 


星の民達よっ!!我らが友の絆をしかと見届けよっ!!我らが手を取り合う姿をその目に焼き付けよっ!!」

 


最後の深紅の薔薇の隊員が倒れた。ゴブ羽がゴブ布に対し攻撃を仕掛けてきている。

 


「邪魔をするなっ!!友との最後の時間であるぞっ!!」

 


ゴブ布の一撃で再び吹き飛ばされるゴブ羽。その動きは止まっていた。星中の民達もゴブ布とハイロリの姿を注視している。ゴブ羽は2人の姿を立ち尽くしながら見ていた。

 


「兄上・・・」

「兄者・・・」

「「羽ーくん・・・」」

 


将兵達もわかっていた。ハイロリが他の人族と違うこと。ハイロリとならば分かり合えるかもしれない。ゴブ羽は皇帝が故に鉄の掟を破ることができなかった。先人達の思いを無駄にしてしまうからだ。皇帝という立場の責任は想像以上に重いのである。

 


「友よ。我の天命は尽きようとしている。最後に友の命を救えて幸せであったぞ。我の代わりに開星への道を切り拓いてくれ」

 


「ゴブ布・・・お前らみんな何してるのかわかってるのかっ!?今のオレに力はない・・・お前ならこの戦に勝つことができたのにっ!?馬鹿なことをするんじゃねぇよっ!!」

 


ハイロリは涙を流していた。友が託してくれた思いを引き継ぐことができない己の弱さ。最弱の王は己の力の無さをただ悔やんでいた。

 


「案ずるな・・・我が力を貸してやる。生まれ変わることができたならばお前とは異性で生まれたかったものだな・・・お前となら良き仲となれたことであろう・・・ゴハハハッ!しかしそれも叶わぬ夢・・・だがそれでも我はよい・・・友とともにゆく道を選ぶ。お前の思い描いた世界を必ず作るのだぞ」

 


ゴブ布は満面の笑みを浮かべながらハイロリへと手を差し出す。ハイロリの涙は止まらない。

 


「受け取れっ!!ハイロリよっ!!我らの魂は常にお前と共にあるっ!!

 


我もそう長くもない・・・我らの思いを無駄にするのか?未来の王よ」

 


ハイロリがゆっくりとゴブ布の手を取る。ゴブ布の体からマナが流れ込む。亡骸となった深紅の薔薇達の体からもマナが飛散し、ハイロリの中に入ってくる。

 


ゴブ布と深紅の薔薇の体は綺麗に消え去っていく。静かにハイロリを見つめるゴブ羽の姿があった。