闇と光 第58話 七瀬唯1

ボクは紅羽(あかう)マリア。清純派アイドルをしていた。歌手デビューが決まり、会社の意向に従いアイドル化していった。歌はヒットし、アニメやゲームの挿入歌、主題歌も数多く歌わさせてもらった。新人賞獲得。オリコン連続1位も続いていた。

 


しかしボクの過去が暴露され、多くのファン達は手の平を返したようにボクを叩き始めた。そのことにボクは耐えきれなくなり逃げ出した。わかっていた。ボクは清純派アイドルなんかじゃないことを。ただ歌が好きなだけだったんだ。3年前から活動は休止している。

 


ボクはいわゆる不良といった存在だった。両親がうまくいっていなかった。父は外に女を作り、母は男を連れ込む。壊れた家庭の中で育った。そんな両親に反発して自然とそうなっていった。クラスでは浮いていたし数人の友達しかいなかった。

 


ある日、見た目が生意気だからと先輩達に囲まれた。ボクをいじめるつもりなんだろう。ボクは突き飛ばされた。ただそこに数少ない友達が助けに入ってきてくれた。今度はその友達が突き飛ばされる。ボクからその子へとターゲットが変わっていく。彼女は目で逃げてとボクに合図する。でもボクはそんな彼女を置いて逃げられなかった。

 


近くにあった細長い木片をとりいじめていたものに向かっていった。気づけば全員涙を流しながら地面に倒れていた。ボクを助けてくれた子はそんなボクを見て怯えていた。助けてくれてありがとう。ごめんねとだけ彼女に伝えボクは逃げ出した。

 


結果としてボクは学校を退学させられた。その彼女とは未だに会っていない。怖くて会えない。ある日外にいた時である。以前いじめようとしていた先輩がいた。ボクを見るなり隣にいる人になにかを話す。その人がボクに近づいてくる。

 


「妹が世話になったようね。あとでここまできてくれるよね?」

 


呼び出しされるようだった。ボクは自分がしたようにやられてしまうのだろう。ひとりぼっちだったボクはバット片手に呼び出し場所まで歩いていく。ボクにはなにもなかった。ボクが生きていることに価値はないと思っていた。ボクが死んでも誰も悲しむことはない。

 


呼び出された場所につく。すると数十人の女達がいた。格好を見るとレディースと呼ばれるような人達なのだろう。特攻服を着た集団がいた。・・・ボクはひとりだ。やられる前にやる。ボクは走り出した。

 


1番近くにいた無防備な女を後ろから殴り倒す。何かを言っていたが今のボクには何も聞こえない。バットの先には血がついている。ボクは無我夢中で殴りかかっていた。

 


当然ボクも反撃を受ける。痛いけど痛くない。ひとりだった痛みに比べればこんなもの痛くない。ボクは笑っていた。次々に地面に倒れていく女達。

 


ふと我に返る。立っているのは肩で息をしているボクひとり。血だらけのボク。血だらけの女達。血だらけのバット。ボクは泣いていた。何に対して泣いていたのかはわからない。

 


誰かが通報したのだろう。サイレンの音が近づいてくる。ボクはバットを捨てる。警察官に嘘を言わずそのまま話した。その後ボクは女子少年院に入ることになる。

 


そこでボクの運命を変える人に出会うことになる。年老いた先生だった。ボクは気づけばその先生になんでも話すようになっていた。ボクのおばあちゃん。はじめての家族のように思っていた。ある日ボクは歌が好きだと話した。歌手を目指してみたらと言われた。ボクは歌の練習をした。先生に褒められるだけで嬉しかった。

 


そこをでてからボクは一層練習に励んだ。ある時、歌手になるべくレコード会社のオーディションに向かった。結果はなんと1回目でボクは合格することができた。ボクは歌手になれる。先生に報告したいと思った。ボクは先生に会いにいく。

 


しかし先生はいなかった。ボクが出て少ししてから亡くなってしまった。ボクは泣いた。言葉通り涙が枯れるくらい泣いた。はじめての家族を失いボクはまたひとりになった。残ったものは歌。ボクにはそれしかなかった。

 


歌手として活躍する。そう心に決めた。レコード会社に行くと歌唱力のある清純派アイドル。その方向で売りたいと言われた。ボクはなんでも構わなかった。先生へ歌声が届くようにボクは大きくなる。その一心で頑張った。

 


自分のイメージとは程遠いアイドル。それはわかっていた。歌手としてやっていくためにその道を選んだ。デビューシングルはオリコン1位を獲得しどんどん有名になっていく。アニメやゲームの曲も歌った。歌うためにそのアニメ、ゲームを自分で見たりプレイし、歌を作り上げた。

 


歌う曲はすべて1位を獲得していく。最大売上は異例のトリプルミリオン達成。いつしかボクはトップアイドルと呼ばれるようになっていた。1年のうち休みはほとんどなかった。ひとりだから正直休みなんていらなかった。ボクには歌うことしかできないのだから。

 


シンデレラのように駆け上がったボクの歌手活動も終わる時がくる。ボクの過去が暴露されたのだ。ボクは戸惑った。マネージャーや事務所の人に励まされ、それでもステージに立とうと決意した。

 


しかしそのステージは地獄だった。浴びせられる罵声。世間は許してくれなかった。連日叩かれていたのは知っていた。ボクはステージに立つことすら認めてもらえないらしい。ボクを庇ってくれるファンもいた。でもその声は大勢に掻き消され、ワイドショーなどでもそういうファンの声は流してくれなかった。

 


そのステージをボクは必死に歌い続けた。心がどんなに痛くてもボクは歌った。これがボクのラストライブ。そう決めたからだ。どんなに泣きそうになろうともボクは笑顔を作り歌った。最後の曲が終わる。ボクは頭を深く下げ一礼した。

 


その後、ボクは引退した。活動休止になっているが事実上の引退だ。ボクには歌しかなかった。その歌さえ無くなった。数年後、ボクの元に手紙が届く。この世界への招待状だ。

 


願うとボクは光に包まれ、この訓練に参加することになる。ボクはゲームの曲を歌ってからゲームにハマっていた。好きなキャラクターは渋めのおっさん。それもあっておっさんの姿のアバターにした。

 


これが間違いだった。いつもと違う体でうまく動けない。入るパーティーでもお荷物として扱われる。こんな姿をしているボクを誰も紅羽マリアとは気づかない。気づいてもきっとまた罵声を浴びせられるだけ。ボクはこの世界でもひとりになっていった。

 


いつしか最前線組の人達からボクはいじめられるようになっていた。女らしく振る舞う割に、見た目がダメだったのかもしれない。たまにゲイボルグの人達が助けてくれる。でもそれはボクがきっとこの見た目をしているからだ。ボクは違う。ボクが入ってしまえばゲイボルグの人達を裏切ることになってしまう。ボクは断り続けひとりであることを選んだ。

 


今日ボクはひとりの男の人に出会うことになる。いきなり現れて助けてくれた。オレのものと言ってくれた。おっさんなのに。

 


この人はボクをオレの女と言った。お姫様と言った。お姫様抱っこなんてされたことがない。男性となんてボクはまったく縁がなかった。そしてこの人はボクの本当の姿がなぜか見えている。

 


紅羽マリア。この名前を告げてもこの人は知らないらしい。一応知らない人がいないくらい有名になったんだけどな。彼はボクが欲しいらしい。紅羽マリアでもない。ただの女。七瀬唯としてのボクを。とてもドキドキした。ストレートに彼の想いがボクに流れてきた。ボクの胸は苦しかった。

 


彼とともにボクは転移した。彼の能力のレベルが高すぎる。ボクは彼が噂の彼なのではないかと思った。ここまで想ってくれるのなら複数の女の子達が好きになってしまうのもわかる。そういうボクも彼に心を奪われそうになっている。

 


一生ついてきてほしいと言われた。ボクは彼ならついていってもいいと思った。でもボクのことを話していない。それを話した上でボクを望むならボクはあなたのそばを離れない。ひとりはもう嫌だ。あなたならきっとボクを離さないでくれる。

 


話終えると彼も自分のことを話し出した。彼もひとりだった。彼もボクと同じひとりだった。同じ痛みを味わった人。ボクの痛みをわかってくれる人。ボクの心は急速に彼に奪われていく。ボクの答えはひとつだ。

 


ボクを一生離さないでください。