闇と光 第169話 立ち上がるハイロリ
ハイロリはその場から一向に動く気配がない。ゴブ羽が一歩ずつゆっくりと近づいてくる。
「・・・もうあんた1人だ。先生だって知っているだろ?とっくの昔にオレの方が先生より強くなっているということに・・・そして皇帝となった今さらに強くなった。たとえ命唱が使えたとしてももうオレには敵わないだろう?
・・・引いてくれないか?ゴブ美姐さんは不慮の事故だ・・・もうかつての仲間を・・・ゴブロリをこの手で殺めたくはないんだ・・・」
「・・・」
押し黙るハイロリ。今ハイロリには違う景色が見えていた。
ゴブ布・・・深紅の薔薇・・・お前らの思いは受け取った。必ず開星へと導いてやる・・・なぁゴブ布・・・愛しき友よ・・・オレの完敗だ・・・愛の大きさでオレはまだまだだと思い知らされたよ。美貴がオレを庇った時・・・オレはまったく動くことができなかった・・・。
お前らは違うんだな。自分を庇い、ゴブ厳達の命が目の前で奪われようとも心はひとつも乱れなかった。ゴブ布がゴブ厳らを信じ、ゴブ厳らもゴブ布も信じ切っている。彼女達が己を庇うために命を懸けるというのならば、ゴブ布はそれを受け止め前へ進む。彼女達の命という後押しを受けたからには、自身のなすべきことをなす。
大きすぎる・・・お前らの愛の域にオレ達は辿り着けていない・・・いやオレが辿り着けていない。美貴はオレを助けるために命を懸けた・・・あの笑顔は美しかった・・・その思いをオレは受け止めなければならない。
たとえこれが現実で実際に目の前で美貴の命が奪われようとも・・・オレは美貴の気持ちを受け止められる漢にならねばならない・・・っふ・・・幸せ者だなオレは・・・まだまだ嫁達より大きく愛することができるとはな・・・。
なぁ・・・ゴブ布・・・嫁達に今すぐ会いたくなっちまったよ・・・お前らのようにもっともっと愛し合いたくてたまらない・・・この最弱の王に力を貸してくれよ・・・オレとともにこの星を変えよう。
さっさと開星させてオレは王への階段を登らないとな・・・まだまだ1合目にすら辿り着いていない。お前の夢を叶えた後はオレの望む世界を見せてやるぞゴブ布・・・さぁ・・・行こう・・・。
ゴブ布と深紅の薔薇達の姿がハイロリには映っていた。ゴブ布らは優しい笑みを浮かべている。
「ふふっ・・・面白いねぇ。さらっと予定外のことをしてくれる・・・しかしこれで理の内へと入った・・・そしてこれなら・・・さぁ僕に新たな君を見せてくれたまえハイロリ君」
デキウスもこの様子を眺めていた。民達も星下無双のゴブ布の言葉通り1人の漢に視線が固定されている。妖精の星のすべての視線はハイロリに向いていた。立ち上がるハイロリ。その目にはもはや涙などない。
「ゴブ羽っ!!・・・これだけ同族が命を懸けているのにまだ心を変える気はないのか?なぁ・・・ゴブ羽よ。民達の声に耳をすませてみよ・・・オレには聞こえる・・・星のマナがそう言っている・・・彼らはゴブ布達の姿に心を動かされているぞ?
お前とてバカじゃない・・・もしかしたらと感じているのだろう?オレとゴブ布のように人族と妖精族が手を取り合える未来を・・・」
「・・・そんなもん最初から感じてるよ・・・でも認めるわけにはいかないんだっ!!オレは皇帝・・・この星の歴史という重いものがオレの背中にのしかかってくる。先人達の築き上げたこの星の軌跡を・・・皇帝となったオレに壊すことはできないんだよっ!!」
「・・・先人がなんだ?歴史がなんだ?そんなものに価値などないっ!!今を生きる者達を縛りつけ新たな可能性を摘み取るだけのものに過ぎないっ!!過去に囚われし固定観念など捨てされっ!!
過去の遺産などぶち壊せ・・・新たなものを創造しろっ!オレやお前が鎖星前の時代に生まれ・・・そして出会っていたら・・・鎖星が行われたと思うのかっ!?所詮鎖星はオレとお前がその時代にいなかったから行われた・・・その程度のことでしかないっ!!未来を作るのは今を生きている者たちの役目・・・過去の歩みなどただの足枷だっ!!不要なものであるっ!!
その足枷をこのオレが・・・師としてではなく・・・未来の人族の王として・・・対等な立場で・・・壊してやるっ!!
星を縛るその鎖をこの手で消滅させてやるよっ!!」
「・・・あくまで闘うというのか?残念だよ先生・・・結果なんてわかりきっているだろう?・・・その目は本気だな。わかったよ・・・相容れない時は争いとなる・・・あんたの教えだ。ならばオレとあんたでケリをつけよう。
・・・人族の未来の王よ。妖精の星皇帝ゴブ羽が貴様の幻想を打ち砕いてくれるわっ!!」
「命唱。我はハイロリ。ゴブ布が最愛の友にして人族の王なり」
「・・・っ!命唱。我はゴブ羽。妖精の星皇帝なり」
ハイロリが命唱を唱えた。マナが増えていく。ゴブ羽は戸惑いながらもそれを受け、命唱し返す。
「ゴブ羽・・・最初から全力でいくぞ?オレも友もそわそわしてっからな?開星が待ち遠しくて仕方がないってなっ!!」
肆の理へと入るハイロリ。そして・・・彼の体からはバチバチと稲妻が迸っている。スパーキング状態・・・それはゴブリン族にのみ許された秘術。それにハイロリはアレンジを加えていた。
自身もスパーキング状態になれないかと影で努力していた。そして神経内の電気信号を加速させることには成功していたのだ。これが命唱の使えないハイロリが敵と渡り合えてきた秘密なのである。そして・・・今ここにハイロリの努力とゴブリン族の秘術が交わる。
「ハイロリスパーキングとでも名付けようか・・・ゴブ布・・・お前の力を借りるぜっ!!」
ハイロリの右目の瞳は黄金色に染まっていた。ハイロリの体の中にはゴブ布そして深紅の薔薇達のマナが宿っている。ゴブリン族のマナを宿すことにより命唱を制限するという理から外れることができていた。
さらにスパーキング状態・・・ゴブリン族のマナのおかげでその状態に到達できるようになったのだ。強化術の使い方はゴブ布達のマナが囁いてくれている。
ゴブリン族と人族の違いは緑色であるか否か・・・かつてハイロリの言った言葉。その言葉が現実のものへと変わってゆく。民達はハイロリの姿を見て2つの種族にある違いはささいなことでしかないと思い始める。ハイロリが武器を構えた瞬間、星中の民達から歓声が湧き上がる。
「ハイロリソード・・・フォルム赤鬼(レッドデーモン)」
ハイロリはゴブ布の八星剣を左手に持ち、右手にはハイロリソード。その刀身は漆黒の八星剣そのもの・・・八星大剣二刀流。民達にはハイロリの立つ姿がゴブ布の姿と重ねって見えていた。
「ゴブ羽っ!!開星をかけた大喧嘩・・・もちろん買ってくれるよな!?
さぁ・・・殺し合おう(愛し合おう)」
ハイロリが八星剣を投げる。ゴブ羽はそれを受け流す。そこへハイロリソードの刀身が迫っている。さらに後ろから投げた大剣を掴みハイロリがそのまま斬りかかってきていた。
2人のハイロリの姿が戦場にあった。ハイロリゲンガーはこの星の闘いを通してさらに精度が上がっていたのである。2人のハイロリによる挟撃。分身攻撃を放てるまでハイロリは成長していた。
「甘ぇーよっ!!」
ゴブ羽が重い斧槍の一撃で2人のハイロリを吹き飛ばす。地面から這い寄るハイロリの姿があった。双鞭刀の一撃がゴブ羽にヒットする。さらに大量のハイロリハンドが八星剣とハイロリソードを携えゴブ羽へ襲いかかった。
ズドォォォンッ!
星の大地へと突き刺さる二振りの八星剣。
「そんな軽い攻撃・・・オレに効くと思ってんのか?」
無傷のゴブ羽の姿がそこにはあった。