闇と光 第69話 お風呂

遅い。オレは遅すぎる。マナの操作速度が。命唱をなんとか唱えたがおっさんは闘気のみで返してきた。命唱をかけるスピードも遅すぎる。なにがいけない。基本スペックの違いはある。だがオレもそこに辿り着けないわけじゃないんだ。おっさんという強さが存在している。存在している限り手に届くものだ。なぜそこまで差が出る。

 


おっさんがどのように強くなってきたかは知らない。オレとおっさんでは覚悟のレベルが違う気がした。オレは人を殺したことがない。おっさんはきっと数えられないくらいの死線を潜り抜けているのだろう。かといって人を殺したことがある者をオレは知らない。

 


来訪者達は殺したことはある。だが彼らは蘇る。本当の意味で殺していない。どうせ死なないという甘えが心に存在している。ここにきてからはじめて見たどばどばと流れ出る血や臓器などグロテスクなものはなにも感じなかった。体内に存在しているものがただ出ているに過ぎない。あるものが出てている。それ以上の意味はない。よく吐き気などがでる描写があるがまったく感じなかった。

 


有から無に変わる瞬間。身内で嫌というほど見てきた。だがそれはオレが直接関連していたわけではない。寿命。病気。様々な原因はあるが勝手に死んでいっただけ。人間という動く物質から魂が抜け、ただの元素で構成される物質になる様を見てきただけに過ぎない。

 


家族。生まれ持った家族は決められた家族だ。自分で選んだ家族じゃない。だから好きになれない。選ぶという自由がない。だから親族の死に対して何も興味がないのかもしれない。

 


だが2人の子供達に対しては家族という認識が発生している。オレが直接関連しているからなのだろう。しかし彼女達にとって、父であるオレは選ぶ自由のない家族だ。同じことを思われてもしょうがない。しばらく会えそうにないようだが・・・。

 


やはり誰かを殺すという経験がなければおっさんの居場所には辿り着けないのかもしれない。だからといって住人を殺すことはできない。意味もなく人を殺す気にはなれない。彼らを殺す明確な理由をオレは持っていない。彼らは確かに生きている。それぞれの感情を持ちそれぞれの特有のマナを持ち存在している。仮想空間の中のキャラクターに対しおかしいのかもしれない。

 


アリスやアヤネを心から愛しているからそう思っているのかもしれない。彼女達はキャラクターに過ぎない存在なのかもしれない。だけどオレは彼女達を1人の命としてみている。最低限彼女達をマナで現実に具現化できるくらいには成長したい。2人のいない世界はオレの望んでる世界じゃない。

 


さて余計なことを考えてしまったがやはり聞くしかないだろうな。監獄に閉じ込められているやつらに。殺人で捕まってるやつもきっといるはずだ。彼らの闇に触れ合わなければならない。囚人達の個性をひとりひとりこの目で確かめ受け入れよう。この仮想空間は凝った作りになっている。だからきっと囚人達もまた生きている。様々な感性を学べばオレはきっと成長できる。

 


やばい・・・もうこんな時間か。考え過ぎていたようだ。もうすぐ夕方になってしまう。とりあえず今日3回目のおっさんクエストに向かうとしよう。

 


少しだけ景色が違って見えた。おっさんは教えにきてるんじゃない。闘いを楽しんでいるだけだ。脳筋狂戦士だあれは。なにも考えちゃいない。攻撃を叩き込む。それしか考えていない。試されているだけだ。いや・・・成長するには闘いあるのみ理論という可能性も捨ててはいけない。だってあのおっさんは脳筋だもの。

 


深く考え過ぎてるな。おっさんはおっさん。そう捉えておかなければならない。オレにとっては理解しがたい存在。理解しようと思ったらいけない。それはオレの成長の妨げとなる。だが考えることはやめない。

 


オレの根底にあるものは思考。だけどオレは感覚派である。頭の中では色んな思考が飛び交っている。ただそれでもオレがなにかをするときは自身の感覚頼りだ。矛盾しているかもしれない。だがそれがオレなんだ。考えながら感じるんだ。オレはそうやって生きてきた。それは変えようがない事実だ。常に自分の中に2人の自分。オレの中には2つのものがあった。

 


やることは結局いつも通りだ。おっさんにくらついてやる。必ず耐えてみせる。さてそれでは銭湯に行こう。ん?あっさり殺されたよオレは。

 


「おっさん、男と一緒に風呂入って楽しいか?」

 


「ばかもの。師弟の漢と漢の絆というものじゃ。楽しいとかそういうものじゃない。ほれ、師匠の背中を洗うのは弟子の役目じゃぞ」

 


「そんなもんかね・・・わぁったよ」

 


オレはおっさんの背中を洗っていく。なぜ男の体を洗わねばならぬのだ。

 


「なぁおっさん」

 


「なんじゃ?」

 


「いつかおっさんを超えてやる。それまで首を洗ってやるから待っとけ」

 


「がはははは。その意気や良し。よかろう。儂を超えてみせよ。儂に本気を出させてみせよ。儂は遥か高みで待っててやる」

 


「・・・お優しい師匠なこった」

 


「待て。そこは自分で洗う。デリケートなんじゃ」

 


「いいだろ減るもんじゃないし」

 


「いや減るから!減るからやめるんじゃ!」

 


「別に1本くらい減ったって大したことないだろ」

 


「いや1本減ったら大事じゃぞ!?3本中の1本じゃぞ!?」

 


「2本残るからいいじゃねぇか」

 


「やめよ・・・やめるんじゃ!!」

 


おっさんの頭を洗うか洗わないかで盛大に争った。オレには父の記憶がこれといって残ってない。父がいたらこんなもんなのかねと1人思っていた。まっ・・・こんな脳筋がオレの父であるわけがないけどな。