闇と光 第108話 音との再会

「ここにいたのか・・・」

 


音は聞こえるが誰もいないような場所。唯は空を見上げていた。

 


「ダーリン?・・・どうしたの?ライブを見てなくていいの?」

 


「唯もステージでまた歌いのかなと思ってな」

 


「ボクは・・・ステージはもういいかなぁ・・・。歌えればそれだけでいいし」

 


彼女はどこか寂しそうな顔をしていた。

 


「じゃあ六花に子守唄でも歌ってくれないか?それに唯の声もオレは聞いてみたい。今歌ってくれないか?」

 


「・・・突然言われちゃうと照れちゃうなぁ。でもダーリンの頼みだったらいいよ」

 


彼女は照れながらも承諾してくれた。彼女の表情が変わる。オレはそんな唯の表情を見たことがない。彼女の姿に見惚れてしまっていた。唯が歌い出す。

 


自身の中に衝撃が走った。オレは・・・この音を知っている。唯という楽器から発せられる音。それは・・・オレが唯一の歌だと認識した音であった。

 


理沙はアニメが好きであった。その影響を受け当時のオレもアニメを見るようになっていた。本来主題歌などを華麗にスキップしてストーリーを見るのがオレのアニメの見方だ。

 


何のアニメだったかは思い出せない。しかしオレはその歌を1分間も聞いてしまっていた。自分の心を刺激してくる音だった。途中で耐えきれなくなり聞くのはやめたのだが・・・。

 


そうか・・・あの音の持ち主は唯だったのか。オレは彼女という存在に既に出会っていたのか。気づけなくて申し訳ない・・・君の音だともっと早く知っていたら・・・。

 


今のオレなら聞ける。オレにとっての唯一の歌・・・とても心地よい。涙が流れてくる。オレの感情が溢れてくる。唯の音をオレはこの身のすべてで受け止めていた。

 


「えへへ・・・どうだった?ダーリン・・・ってなんで泣いちゃってるの!?」

 


オレは唯の細い体が壊れてしまうのではないのかというくらいに強く抱き締めた。

 


「・・・ありがとう。ずっとこの言葉を君に伝えたかった」

 


「・・・何のことかわからないけど・・・どういたしまして。えへへ」

 


「オレが死ななかったのは君の音を聞いていたからだ・・・。死ぬのはいつでもできる・・・そう思わせてくれたのは君だ。その人に感謝の言葉をいつか伝えたいと思っていた」

 


「・・・ならステージに立っててよかったかな。そのおかげでダーリンがいるんだもんね。アイドルになんかならなきゃよかったって思ってたけど・・・なってよかった・・・ボクの歌が届いてくれていてよかった・・・」

 


彼女も涙を流していた。引退前のステージが大きな傷を残していたのだ。実際に唯は歌手にならなきゃよかったとずっと後悔していた。自身の歌が最愛の人に届いていたことを知り彼女もまた感情が溢れかえっていた。

 


「唯の音を最初に聞いた時の感想は不快。その一言に尽きるな」

 


「えっ・・・?ボクやっぱり歌わなきゃよかった!?」

 


「不快という言葉はマイナスだけど、当時のオレとしては最大の褒め言葉だよ。生きることを諦めて無気力に過ごしていたオレに唯の音から感情が流れてきたんだ。

 


辛い・・・苦しいってな。オレはよく言うだろう?生きるということは辛く苦しいことだって。諦めていたオレに生きろって強く語り掛けてきたんだ。初めての感覚だった。

 


今まで聞こえてきた歌は単なる台詞のようなものにしか聞こえなかった。本来歌というのは神聖な・・・それこそ儀式のためのような敷居の高いものだと思うんだ。だからそう感じていたのかもしれない。唯の音は違った。台詞ではなく歌に聞こえた。まるでオレに対しての叱責、天啓のような音だ。

 


だからオレは最後までその音を聞いていられなかった。自分に対し生きなさいと強く語りかけられている気がした。だから不快だった。

 


離婚した時にもういいかな・・・と疲れ果て死のうとも思った。でも君の音を思い出した。死ぬのはいつでもできると再認識させられた。そこからオレが再び形成されていった。

 


今まで経験してきたこと、考えがひとつに纏まっていく。そうしてオレは今世を消化するだけのものにしようと決めたんだ。死ぬのはいつでもできるってな」

 


「・・・ダーリンの考えていることってどんなことなの?」

 


「・・・唯ならいいか。人に話すのは初めてだが・・・」

 


「えっ!?初めてなら欲しい〜〜。ダーリンちょうだい?」

 


「わかったよ・・・オレはな・・・」

 


オレは自身の考えをすべて唯に話した。そして力を身につければそれを実行できることも。そのためにオレは強くなろうとしている。

 


「・・・ダーリンってそんなこと考えてたんだ・・・1人で抱え込むことはないよ?ボクも一緒にしてあげる。一緒に罪を犯すよ。それにダーリンが言うなら確かになって納得してしまっている自分もいるしね」

 


「・・・ありがとう。1人じゃないだけ楽になれる。でも唯は必ずオレが守り抜くからな」

 


「じゃあダーリンはボクが守り抜くね」

 


唯はすべてを受け入れてくれた。共に道を歩んでくれるとも言ってくれた。思わずまた抱き締めてしまった。人に言ったら異端と罵られるかと思っていた。孤独という痛みを分かってくれる唯がそばにいてくれるなら心強い。君がそばにいてくれるならオレは頑張れる。1人じゃないということはどんなに幸せなことか・・・。

 


他の彼女達はどういった反応をするのであろうか・・・。いずれ話す機会があれば話すとしよう。それで去るなるば彼女達の意志を尊重しようと思う。

 


ハイロリは唯の音に衝撃を受けていたために周りの警戒を解いていた。2人の様子を物陰から眺める1人の男の姿があった。彼はハイロリに対して興味を持っていた。自分の価値観とまったく違う存在。そして遥か遠い存在。なぜこれほどまでに力の差が生まれているのか気になっていた。

 


彼の名はアーサー。円卓の騎士ギルドマスター。心のどこかで彼は自分に無いものを持つハイロリに魅入ってしまっている。攻略に参加するわけでもなく何をしているのかずっと疑問に思っていた。自然と目で追っていたため、今回盗み聞きをしてしまうことになる。

 


「・・・そんな考え・・・ありえない・・・。否定したいけど否定できない自分がいる・・・。それがハイロリの根底にあるものか・・・。無茶苦茶な考えのようで納得している・・・自分がいる?ハイロリが行動に移した時・・・僕はどちらの味方になるのだろう・・・」

 


彼が敵となるのか味方なるのか。答えは彼の心の中に存在している。